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対談 豊かな心を育てる慈恩学園の人間教育

対談 総合幼児教育研究会会長の秋田光茂先生をお招きして

教育現場の崩壊がいわれ、少年たちによる犯罪や反社会的行動が報道されるたびに、幼児教育の重要性が指摘されてきました。
子どもたちの教育についてはさまざまな情報が錯綜し、
いままさに、教育者の選択眼が問われています。
荘島幼稚園では、子どもたちの豊かな心の育ちのために、
「知・情・体」三位一体の全人教育が必要との視点から、
総合幼児教育に取り組んでいます。
今回、総合幼児教育研究会会長の秋田光茂先生をお招きして、その理念と実践を検証していただきました。

総合幼児教育との出会い

  • 司会:初代園長の堤 学翁先生が、荘島幼稚園を開園なさったのは、昭和25年のことですね。
  • 堤:久留米も昭和20年8月11日に太平洋戦争の戦災にあいまして、無量寺も全部焼けてしまいました。戦後、初代園長──私の祖父にあたりますが、焼跡に仮の本堂を建てて、そこに周辺の子どもたちを集めて子供会のようなものを開いたのですが、それが発展して昭和25年から正式に、宗教法人の保育園としてスタートしました。

    その後、地域の要望もあって、昭和34年に宗教法人 荘島幼稚園へと移行。昭和57年に、当時は私の父、堤俊海が2代園長を務めていましたが、学校法人に変更して現在に至っています。
  • 司会:堤 孝雄先生はいつごろから幼稚園に。
  • 堤:昭和61年の春からです。
  • 司会:当時の荘島幼稚園の教育はいかがでしたか。
  • 堤:情操教育を中心に据えて、いろんなことをやっていました。無論それは、創立の精神を生かしていた保育であったわけですが、時代の変遷とともに、受けとり手、つまり、教育を受ける側の幼児や、子どもを取り巻く周囲の環境、家庭や社会がずいぶん創立の頃とは変わってきていたと思うんですね。
    法然上人の有名な大原問答にたとえていうならば、「どの教えもお釈迦さまの尊い仏法には変わりがないが、それを受ける側、実践する側の機根が変化してきた。」つまり、創立の理念は変わらないが、それを取り巻く社会や家庭の状況、ひいては子どもの様相が大きく変化してきたので、それに応じた方法論を模索していました。
  • 司会:その時に、ご縁があって、総合幼児教育に出会われたのですね?
  • 堤:そのころに秋田先生のお話を聞かせていただいて得心というか、大きな感動をいただきました。そこで、総合幼児教育研究会への加盟を決断致しました。

    さまざまな研修や公開保育等で、総幼研の先輩方は後輩である私たちに温かく親身にご指導をいただきました。

    しかし、実践を始めた当初の保護者の反応は、かなりな抵抗があったように思います。いままでの荘島のイメージで、保護者の方は我が子を入園させておられますから、表面的には、いままでと180度変わったように見える保育に抵抗されるのは当然だと思います。逆にいえば、それまでの荘島幼稚園の歴史と実績を評価していただいていたからこその抵抗でもありますしね。また、当時はフラッシュカードといえば、早期教育の代名詞みたいなイメージがありましたからね。
  • 秋田:この教育を導入するまでに、荘島さんでもいろんな宗教情操教育をやってこられた。けれども、社会や家庭がそれなりの環境を整えていて、基本的な教育力をもっていた頃には効を奏していたが、核家族化や少子化によって、地域の子どもの遊び場の減少、異年齢の子どもたちの集団遊びの欠如や、地域の教育力に期待が持てず、学歴偏差値ばかりを追い求める社会になってきて、従来の教育では全人格的な子どもの育ちを保証しきれなくなった。

    総幼研の教育は、人間教育がベース。人間性の育ちのために、必要なものを環境として与えていこうという理念です。だから、フラッシュカードでも何でも、その実践を通して願うのは、子どもたちのすこやかな成長。したがって保育の現場で大切にされるものは、「よい声」「よい表情」「よい動き」。決して教える構えの詰め込み教育ではないのです。

    そのあたりが、一見すると誤解されてしまうことがありますね。ところで、いまはどうですか。
  • 堤:そうですね、保護者の方にもずいぶんとご理解をいただいているようですし、いまでは「総幼研の教育をやっているから」といって、わざわざ遠くからご入園をいただく方も多くなりました。

人間の基礎を作る仏教保育

  • 司会:仏教保育は総幼研の教育と深く関連しているといわれますが。
  • 秋田:そうですね。総幼研の教育は、大脳の発達観に合致した、仏教の教えが大きく横たわっていると思います。この世に”いのち”を受けてわずか数年の子どもたちですが、この時期こそは人間が生まれながらに持つ、百四十億の脳細胞が、いちばん活発に活動するとき。だから、幼児はある意味で「人間」としての完成期にあるわけです。

    荘島さんの保育の伝統とは、そういう人間の”いのち”が持つ、無限の可能性に対する深い敬愛の上に立っていると思いますね。
  • 堤:ありがとうございます。仏教では、「一切衆生悉有仏性」といいますが、すべての人間が仏性を持っている。ただ、それが研ぎ澄まされるか、煩悩で汚れるかの違いであると。

    それを子どもの発達に置き換えましたなら、仏性はすなわち育ちの可能性。すべての子どもは生まれながらに脳の構造は同じであり、百四十億の脳細胞があってしかも未熟であると、それが大脳生理学で解明されてきた。3歳までに脳細胞の連絡機構ができて、あとは使えば使うほど強化されるということが解明されてきたわけですね。「三つ児の魂、百まで」の教訓は、私たちの教育の原点を示唆しているともいえます。
  • 秋田:本当の仏教保育というのは、結局その子の人格の基礎基本の育ちに与することなんですね。けっして何かを早くに引き出そうというものではない。最初に基礎基本をしっかりと伝え、後は子どもの可能性を信じて、明るく楽しい園生活の体験を通して自然に育って行くものを、願いを込めて持つという姿勢が肝要なんですね。
  • 堤:つまり、幼児期は人間としての土台をつくる、だいじな時期ということですね。

共に育つ「集団」教育

  • 司会:荘島さんは、いろいろな取り組みをなされていますね。
  • 堤:はい。どんな活動でもそうですが、毎日くりかえし続けていれば、脳がそれを覚えてしまう。子どもが努力してがんばろうと思わなくても、脳が吸収して同化していく。そうなると、理屈でなく身体で反応できるようになってきます。たとえば、入園当初は、泣いていた子どもたちも、ある程度の時期を越すと、幼稚園に来るのは当たり前になって、次第に楽しくなってくる。楽しくなったら、今度はちょっとやそっとじゃ園を休まなくなってしまう。たまに熱があってもどうしても園を休みたくないという子どもがいるのは嬉しい悲鳴ですが(笑)。脳の感覚回路が育ってきますから、やっていることがわかるわけです。わかる喜びが生まれてきます。
  • 秋田:だから、できるだけ幅広く経験を積み重ねることが大事なんですね。
  • 堤:外部から見学に来られた方から、うちの園の子どもたちは、どんな活動に対しても意欲的だと、よくおっしゃっていただきます。歌が大好き、運動が好き、そういう子どもがどんどん育っていく。その結果が、跳び箱が何段跳べるとか、合奏がうまくできるとか、これらはすべて結果であって、別にそれが目的でやっているんじゃないんですけれど。

    毎日躍動感あふれる園生活を楽しんでいるうちに、いつの間にか知らぬ間に、こういうことができるようになるというわけです。
  • 秋田:先生と子どもの心が一体化していく感じですね。
  • 堤:はい。また、うちの園の誇りなのは、先生が保育にすごく熱中していることです。
  • 秋田:子どもがどんどんのびるという実感があるから、だんだん楽しくなっていく。そういった先生方がスタッフにいると、頼もしいですね。もちろん、園長のリードが大切ですけど、、、子どもは先生の背中を見て育つ。先生は園長の背中を見て育つ(笑)。
  • 堤:ですから、いま職員と大切にしていることは、子どもたちの気持ちが1つになるような保育です。
  • 秋田:総幼研教育のひとつのキーワードに「集団」があります。集団というと、すぐに画一的とか、没個性だとか、そういう見方をする人がいる。これも誤解の多いところですね。
  • 堤:たしかに、1クラス30人以上の子どもたちに対して、先生が一人ひとりの面倒を見るのは容易ではありません。でも、子どもたちにいい刺激を与えて、子どもたちが何事にも自主的にかかわっていこうというクラスの雰囲気や環境をつくるのであれば、先生は一人の方がクラスのまとまりができて、かえっていい結果を生むようです。
  • 秋田:隣の子どもが興味を示したら、それがその子の刺激になる。たとえば、少し早く歩く子がいれば、それについていこうとする。本能的にまねる、習おうとする。また、子どもは本性的に集団と調和していきたいという願いを持っていますから、ある程度人数が多いことが、むしろ好適な環境となる。これが集団と個人の関連性、すなわち集団の中でこそ個人が磨かれるということです。

    そのための日課活動。そして日課の経験を活かして課題活動へ、そしてその蓄えられた力でもって、いろいろな表現を楽しむことができる。これが総幼研の発達のリズムなのです。

三つ子の魂が基本、荘島の心の教育

  • 堤:いまの世の中は、ルールに対する感覚が希薄になっているように感じます。時代によって倫理や道徳の基準の可変性はあると思うんですが、そもそも「ルールを守る」というベースがないと話にならないわけですね。だから、当たり前のことを当たり前にやっていくこと、結局それが人格のベースになっていくのですね。
  • 秋田:守らなければという義務的な意識じゃなくて、守るのが当たり前。幼児というのは、環境をそのように受容していくすばらしい才能がある。
  • 堤:体にしみ込んだら、それが自然で、当たり前の感覚になっていくんですね。
  • 秋田:そう。日常生活のすべてを、当たり前の感覚で楽しめるようになる。そして、それぞれが人格化していく。だから「三つ児の魂」の教育の肝要が説かれるわけです。
  • 堤:いま、社会では学級崩壊が騒がれていますけど、少なくとも総幼研の園に通う子どもたちを見る限りは、学級崩壊が起きることのほうが不思議ですね。
  • 秋田:学級崩壊の原因を挙げれば、
    1. 勉強についていけない──学ぶことに対する興味が育っていない。
    2. 学校という集団の規則や拘束になじまない──社会性が育っていない。
    3. 集中力がない・我慢ができない──子ども自身がエネルギーを持て余している。
    ということです。

    近年、「心の教育」が大きく叫ばれていますが、その視点からわかりやすくまとめると、「はげみの心」「思いやりの心」「がまんの心」が育っていないということです。

    堤先生が不思議に思うのは、総幼研教育に学ぶ子どもたちは、この3つの心を、日常のくりかえしの活動を通して、自然に身につけていることを実感されているからではないでしょうか。
  • 堤:そうですね、自然なかたちこそが、大事なんですね。

    これからますます、教育がむずかしくなっていくと思いますが、園の創立の原点──「み仏の願いにかなう子ども」を育成していくということを大切にしていきたい。そして、それを具現する方法である総幼研の教育活動をふまえて、日々を子どもたちと教師が、ともに楽しく園生活を重ねるなかから、実現できるように精進していきたいとおもいます。

対談者紹介

  • 秋田光茂先生
    昭和5年大阪生まれ。大阪パドマ幼稚園園長。全国180のすぐれた園によって組織される、総合幼児教育研究会会長として活躍。著書に『子育て南無のこころ』『学びあいの人間教育』など多数。
  • 堤 孝雄園長
    昭和37年久留米生まれ。中央大学法学部卒。平成11年度、荘島幼稚園園長に就任。幼児教育への情熱で、保育スタッフをリードする。
弥勒菩薩sundoukadaissss
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